【なぜ私はモテないのにモテようとするのか】きょーまるのプロフィールその1

 
 

0.あいさつ




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忍耐  とは立ち止まることだろうか?
挫折  とは道を外れることだろうか?
否、挑戦者のみ知り得るのだ。
それらこそが成功への道導であることを。


Is patience standing still the way of life ?
Is setback deviating from that ?
No, only the challengers know 
that they are the guide to intercourse.

ソロウ・モーデル
Solow Mordell / 哲学者 / 18181919
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ソロウ・モーデル


皆様、はじめまして。

当ブログ「ハーレムキングダム」の筆者、「きょーまる」と申します。
当ブログにて、世界一モテたい授業を開講していこうと考えております。

私はここ、珍国(ちんこく)の始皇帝(シコうてい)を目指し、そしてここに男の桃源郷♂、ハーレム☆キングダムを築くべく、日々努力を続けています。

さしずめ、かつて争いの無い世を夢見て、中国統一を成した秦の始皇帝のように。

「女性統一」という途方も無く遠い目標ですが、そういう目標があった方が、きっと人生は楽しいと思うのです。
また、この目標を果たす為には、同志が必要です。皆様のご参加を、心より楽しみにしております。


ー座右の銘ー

皆様は座右の銘をお持ちでしょうか?
自らの理想とすべき生き様を思い出させてくれる言葉であり、だからこそ、自分という人間の「色」を分かりやすく、ありありと、表現することができると考えています。
ということで、自己紹介にあたりまして、僭越ながらまず最初に、私の座右の銘を紹介させて下さい。
私の座右の銘は、かのフランス国王ルイ14世の言葉を拝借させて頂きまして、

「朕(ちん)は国家(こっか)なり」
L’État, c’est moi


です。
この言葉の意味するところについては不勉強につき知りかねるのですが、きっと深い意味があるのでしょうから、大変恐縮ながら座右の銘として掲げさせて頂いております。

何卒、よろしくお願い申し上げます。



いろいろなルイ14世
参考:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ルイ14世_(フランス王)


また、フランス語の発音をご存知の方がおりましたら、読み方をツイッターの方でこっそり教えて頂ければ幸いです。

きょーまるのついったー
https://twitter.com/kyomaru_tama




1.きょーまるってどんな人?ざっくり箇条書きで紹介

・1990年生まれの1級モテタイスト。男。漢でありたい。現在関西在住。

・「きょー」でも「きょーまる」でも好きな方で呼んでね★彡

・アダルトな本を初めてコンビニで買ったのは小学5年生のとき。

・学生時代は武道を2つ嗜む。うち1つの武道では団体戦で全国大会優勝。
個人戦の最高成績は全国大会3位。特定を避ける為、明言を避けます。
身長180cm以上、筋トレ大好き、の脳筋系。

・でも人柄は温厚と言ってもらえる。だいたいにやけて笑っている。
よく舐められる。学生時代はよくいじめられたり嫌がらせを受けた。
でもいつでも殺せるからいいやと思いながら耐えた。

・毎日毎日、下半身で深く思考し続けた結果、IQ170になってしまった。
(2018年に測定。キャッテルCFIT。sd24における数値。)

・某高IQ団体Mに所属。だがあくまで脳筋である。
(ちなみにどうでも良いですが、私の性癖もMです。
追いつめられる程パワーを発揮しますので、皆さんいじめてやって下さい。)

・某大企業に勤めるサラリーマン。就職が決まり、

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きょーまる

ずっとモテなかったけど、ついにモテモテライフが始まるんだぁ!

と期待に鼻の穴と股間を膨らませていたら全くモテないままだった。
さすがの私も何かを殺したくなった。

・人生において、IQ170の知能を以って考えうる努力の何をしてもモテなかったので、社会人になってから顔面改造(整形手術)を実施。
現時点(2019年3月)で4回の手術、2回の入院(合計約1ヶ月)を経験。
髭・全身の永久脱毛も実施。歯列矯正も実施。

・2017年くらいからようやく努力の成果が出るようになり、女性と仲良くできるようになる。会話が楽しくできるようになる。(もちろんちょめちょめもします。)
世の中外見が大切なのだということを、普通では到底たどり着けない境地で体験したことになる。

・2019年、某マッチングアプリを強制退会になる。遊びすぎたようです。

父親が50万人に1人しか症例が無い大病を患い、肝臓移植が必要になる。そして、自分がドナー候補となる。
母親もストレス性の心筋梗塞で入院してしまうし、将来への不安と、自分が一家の大黒柱になる必要性(まだ結婚もしていないのに)を感じ、副業を始めることを決めた。
やるならば人の役に立つ仕事がしたいと考えた。私のこれまでの経験、そしてこれからの経験が、私と同じようにモテなくて悩んでいる人の役に立たないだろうかと考え、当ブログを開設。

・ちなみに父は、奇跡的に脳死患者様の肝臓移植の順番が回ってきたことで、無事手術を終え、入退院を繰り返しながら回復に向かっている(2019年3月現在)。
本当に、提供して下さった方や病院の方々、他にもお世話になった方々には感謝してもしきれない。

・ブログもツイッターも初心者だし、脳筋なので何を求められているのか等、右も左も分からないが、ここまで準備が進めてきたのも何かの縁だと考える。
モテる為の情報を発信したり、皆様の相談に乗ったり、いろいろ挑戦してみようと思う。大黒柱になる必要性は、ありがたいことに先送りになりそうなので、マイペースにやっていこうと思う。

以上!!


後半は自己紹介というより家族の話が自然と出てしまいましたが、以上が私のざっくり自己紹介になります。 
次の項目からは、自分の人生をもう少し詳細に紹介します。タイトルにある「なぜモテようとするのか」についても触れます。ご興味がある方はご覧下さい。

主に、私がどれ程モテなかったのか、どれ程悩んできたのか、というエピソードになると思います。

そういう話が好きな方も、ぜひご覧ください(白目)

なお、私の初投稿記事である以下の記事
「誰が情報発信者かの重要性について」
 https://harem-kingdom.com/importance-when-researching
を先に読んで頂くことをおすすめいたします。特に、効率を重視する方向けです。
あなたにとって、当ブログ「ハーレムキングダム」を読む価値があるのかどうか?という疑問について、一つの考え方を私なりに示しています。


2.なぜ生物の持つ子孫繁栄の能力値には差があるのか。なぜ神は私をこのステータス振りで産んだのか。そんなことを昔から考えてきた私の人生。  

私の記憶に残っている、最も古い「女の子との記憶」は、女の子から気持ち悪がられる映像です。

幼稚園の年少さんのとき、私は虫さんが大好きでした。
親に買ってもらった3冊の虫の図鑑を、毎日毎日読んでいました。1冊は甲虫の図鑑、もう1冊はそれ以外の虫の図鑑、最後の1冊は世界中の虫の図鑑でした。
毎日のように虫取りに出かける、虫取り少年でした。蜂を手で捕まえて、刺されて泣いたこともあります。捕まえた虫を図鑑と照らし合わせたり、ばあちゃんと一緒にカブトムシを飼育したり、ゴキブリを素手で捕まえたり、とにかく虫が大好きでした。
また、今日では、海外の虫も割と国内で売られているのを見ますが、当時は規制が今と違ったのか、実物を見ることは叶いませんでした。日本にいる虫よりも遥かにスケール観やデザインが異なる虫が、世界にはいる。それは私にとってロマンでした。
図鑑は全て暗記していた為、幼稚園では友達から虫博士と呼ばれていました。(今でも、ある程度の虫の名前は憶えていますし、モンシロチョウとスジグロシロチョウの区別も付きます。)
ある日、虫博士である私は、幼稚園の休み時間に捕まえた虫を得意げに女の子に見せると



気持ち悪いッッ!!!


と拒絶されました。
男の友達はみんな喜ぶのに、なぜ・・・??
私は困惑しました。今となって思うのは、男女は幼少期より、違う生き物なのだ、ということです。
その後、嫌がる女の子を面白がって、虫を捕まえては女の子に見せるというサイコパス少年だったことは内緒にします。

小学校に上がり、1年生のときに初めて女の子を好きになりました。毎日いっしょに下校していた女の子です。近所ではありませんでしたが、多分方向が同じだったのだと思います。
私は下校中に、その子に自分の気持ちを伝えました。めちゃめちゃドキドキしながら、耳元で囁いたのです。


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ちびきょーまる

〇〇ちゃん、好きだよ。


今は福山雅治ばりの低音ボイスですが、当時は可愛い声だったと思います。そりゃあもう。
しかも小学校1年生ですよ?自分で言うのもアレですが、すごくほっこりする映像ですよね。勇気ある、おとこきょーまる、よくやった!!



え、気持ち悪いッッッ!!!!!


え、泣いてもいいですか??
ちなみに突き飛ばされました(白目)

まあでも、当時はプールの着替えも男女同じ教室でしていた時代で、タオルの間からちらちら見える秘部を横目で見ていたドスケベ少年でしたし?
授業中に隙あらば前に出て黒板にウンコの絵描いてましたし?

小1の女の子でも、選ぶ権利がありますよね。
でも、今だからこそ冷静に分析できますが、当時の私はショックでした。
基本的に、親や周りからは愛情を受けて育ったと思っています。だから、このときの私は、好意は受け入れられるのが当たり前でした。でも、この突き飛ばされる体験から、受け入れられない好意もあるのだと、学習しました。物理的にも。
また、クラスでも人気のある男の子や女の子がいることに気付き始めました。人には違いがある、差がある、そんなことを学び始めていた時期でした。

次に女の子を好きになったのは、小学校3年生のときでした。
このときは休み時間に廊下で好意があることを伝えると、



「は?」


と一言。そして逃げるようにどこかへ行ってしまいました。
また、この頃はみんな、男女の関係に興味が出てくる頃で、付き合っているカップルも学年にそれなりにいました。私が告白したことも、翌日には噂になっており、たくさんからかわれました。
今考えると、その子が言いふらしたということだと思います。でも当時はそんなことよりも、恥ずかしさで頭がいっぱいでした。
告白をすることも勇気が要ることなのに、断られ、さらにそれをからかわれたのですから、小学3年生とは言え、相当恥ずかしかったです。泣きっ面に蜂です。虫は好きだしMだけど泣きっ面に蜂は泣きます。
好意を受け入れ合える人達がいる一方で、好意を受け入れられないことに加えて嘲笑される人間もいる。大きな差を、身をもって体感しました。そして自分は不運にも、後者でした。

その後、小5でも女の子を好きになるのですが、上記の経験もあり、勇気が出ずに告白できませんでした。

辛い経験をしても、好意が伝えられなくても、それでも私は、何回も女の子を好きになりました。自然に、好きになりました。女の子と仲良くなりたいという感情は、私にとって自然なものでした。生物として当たり前に持つ仕組みを持っていました。でも、好きになっても付き合えない。好きになった女の子、ただ一人とさえ付き合えれば良いのに・・・。その不条理に、子供ながらに悩んでいました。

 地獄の中学時代。
2つの小学校卒業生がその中学に進学する為、半分くらいの同級生が互いに初対面という構図でした(私の卒業した小学校をA、もう一つの小学校をBとします)。そして初の学ラン。ドキドキワクワクだったことを覚えています。
初めて仲良くなったB小学校の卒業生は、イケメンで、モテるやつでした。彼との会話で、恋愛の話になり、私は正直に言いました。


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きょーまる

実は、まだ付き合ったことないんだよね・・・

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イケメン君

えー、マジで!?(笑)
ふつうそれくらいあるっしょー!(笑)


ね、ねぇよ!!(震え声)
・・・な、ないよね??
でもそのときの私は、付き合うなんて当たり前のこと、それができていない自分はダメな奴、恥ずかしい奴なんだ、と思いました。
しかし、現実は残酷です。本当に、付き合うのが当たり前の時代がやってくるのです。

世はまさに大恋愛時代

中学に入り、大人の1歩仲間入り感。そして互いに新鮮なA、B校の顔ぶれ。新たな出会い。これらが恋愛熱を加速させました。そして、暗黙のルールが、さらなる過熱感を生みました。
暗黙のルール、それは、

カップルは互いに名札を交換し、カバンに見えるように付ける

というルールでした。
誰が付き合った、別れた、フリーか、が一目瞭然です。
衝撃的でした。私は当時、男女が付き合ったら、だいたいの割合で結婚まで行くものだと思っていました。ピュアですね。しかし、名札の入れ替わりの目まぐるしいこと、目まぐるしいこと。
スクールカーストは例外なくありましたが、だいたい、同じくらいのカースト同士で、ほとんどみんな、交際を経験していました。比較的、A校&B校のカップルが多かったです。新鮮味が大切だったのかもしれません。みんな、付き合っては別れ、付き合っては別れの、とっかえひっかえ状態でした。私は、みんなのカバンをチェックしていましたからよく知っています。
今考えれば、これはお遊びの恋愛だったと思います。中学生のお遊びです。でも、目まぐるしく交差するそのお遊びの恋愛にさえも、私はかすることさえできなかったのです。
女の子と仲良くしたかったし、性欲もマックスだったのに、小学生のときに勇気を挫かれた私は、のに動けずにいました。また、当時クラスの9割ほどが携帯電話を持っていましたが、私は父親が厳かったこともあり、持っていませんでした。女の子とメールもできず、ときには同性との話題にも付いていけないこともありました。とてももどかしかったことを覚えています。な~んて言い訳を自分にしながら、行動を起こさず、指を咥えてみんなの恋愛を眺めていました。好きな女の子の名札は、いつも別の男のカバンに付いていました。私のカバンに名札が付くことは、決してありませんでした。

辛かったです。

また、当時は中学が荒れていたこともあり、不良がたくさんいました。彼らに、いじめまがいのことや、嫌がらせ、からかわれたりもたくさんしました。全校生徒の前で試合結果を表彰されたりしたこともあるので、目を付けられていたのでしょうね。武道の有段者は素人に手を出すと破門になります。私はやり返すことなく、静かに耐えていました。当たり前のように彼女がいる、不良たちからの嫌がらせに。。。

中学に入学してすぐ、イケメン君に言われた、「ふつうそれ(付き合う)くらい(経験が)ある」。それができないダメな自分。本当に、何もないまま、卒業を迎えてしまいました。良いこともなく、本当に惨めで辛かったです。

子孫繁栄は生物の使命であり、皆、それに繋がる営みができているのに、なぜ自分だけできないのだろう。私には生物としての魅力が無いのだろうか。友達はいるのに女の子に見向きもされないということは、異性に対する魅力が無いということだろうか。いくら力が強くても、背が高くても、子孫が残せなきゃ、この遺伝子を次に伝えられなければ、何の意味も無いじゃないか。私は生物としては、不良品なのかもしれない・・・。

中学を卒業する頃には、こういったことを考えるようになっていました。

そしてこのときくらいからでしょうか。女の子に見向きもされないことで、自分の中で女の子は「憧れ」の存在に変わり、漠然と、いつか「女の子にモテたい」と思うようになったのです。
手に入らないものにロマンを感じたり、渇望するのは、人の、そして男の性なのかな、と思います。

タイトルにある
「なぜ私はモテないのにモテようとするのか」
これに一つの回答をするのであれば、
「私は、モテないからモテようとするのだ」
となります。

なんかカッコいい!!


高校は進学校に進みました。武道の特待の話もあったのですが、進路の幅を広げたいと考え、勉強に力を入れる道に決めた結果です。父からの「大学は国立のみ、浪人はしてはいけない」という条件もあった為、周りが遊び惚けている時期から、勉強に力を入れていました。
進学校だったので「勉強ができればモテるかもしれない」とも考えていました。
自分が不良品であることを認めたくないから、否、諦めるのは、やれることを全てやった後でも遅くはないと思ったから、頑張りました。ときは流れ、高校3年のある日、受験も近くなり、模試が返ってきたときに、クラスメイトの男に言われました。


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クラスメイト

え!きょーまる君なんでそんなに成績良いの!?(愕然)

そう、私はずっと成績が良かったのです。でも、それを誰も知らなかったのです。そして、信じられない!といったリアクションをされました。
ここからは被害妄想かもしれませんが、私は、華が無いから目立たなかったのです。そしてブサイクなので、アホだと思われていたのです。
被害妄想かもしれませんが、でも多分合っています。ほら、私って、まぬけな感じのブサイクじゃないですか?
知らない人から、いきなり殴られたり、すれ違いざまにバカにされたり。ガチャピンに似てると笑われたり、Mr.ビーンに、アンガールズ田中に似ていると笑われたり。同じことをしても自分だけ怒られたり、注意をされたり、目くじらをたてられたり、気持ち悪がられたり。ヘラヘラするなとよく言われました。ボサッとするなとよく言われました。
顔がブサイクだと、何をしてもプラスにならない、或いはマイナスになる。或いは見てもらえないのだと、このときくらいから、薄々感じていました。認めたくは無かったけど、今までの経験から、そう思わざるを得なかったのです。そう仮説を立てざるを得なかったのです。
 
結局、高校では勉強を頑張るも、女性に一切アプローチせず、モテることもなく、大学へ進学することになります。
ちなみに、私が高校で唯一好きになった女の子は、常に学年トップの成績で、運動神経抜群の私の親友男と結ばれました。二人の相談にそれぞれ乗り、キューピッドになったのは私でした。
でももう、こんなものは慣れっこです。常にピエロです。ドンマイです。

あ!あと書き忘れていましたが、高校に入ってすぐ、軽音部に入りました。ギターを弾いてモテたい!って、男なら比較的メジャーに通るルートですよね。誰しも妄想くらいはしたと思います。そんな道を、1級モテタイストの私が、通らないはずがありません!!(1級モテタイストってなんやねん)
でも、結局半年くらいでやめてしまいました。バンドのメンバーからある日を境に無視をされるようになり、先輩からも辛く当たられるようになった為です。心当たりがあるとすれば、私が歌がめちゃめちゃ下手で、コーラスさえ満足にできなかったこと、ギターの覚えが悪かったこと、そして、軽音部にいるには、ブサイク過ぎたことくらいでしょうか。ギターをカッコよく弾いてモテる計画は、こうして終わりを迎えました。
今でも彼らを恨んでいます。ドブに入ってバタフライを強要される刑に処されればいいのに。


さて、私は父の提示した条件通り、国立大学1校のみを受験し、見事合格します。今どき滑り止めの併願もしないとは、なんてお金のかからない息子でしょうか。国立大学に入れればモテるかもしれないと思ったのも大きな原動力でした。
うきうきしながら大学に進学しました。関東で初めての一人暮らしです。
夢のキャンパスライフでしたが、理系だったので、同級生に女性はほとんどいませんでした。ですから、大学生の間は、ある意味平穏でした。仲の良い友人達とつるみながら、女っ気の無い生活を送っていました。

事件(?)が起こったのは成人式のときです。

そう、あれは私にとっては事件でした。
高校のときに携帯電話を買ってもらったものの、その後もずっと女の子の連絡先を1件も持っていなかった私は、成人式後の同窓会がチャンスだと考えました。しかも今なら、勉強をがんばり、国立大学に通う都会の大学生です。これなら、このステータスがあれば、女の子と仲良くなれるかもしれない!同窓会でモテるかもしれない!と思いました。

当時できる精いっぱいのオシャレをして、直前にしっかりとヒゲを剃りをして会場へ向かいました。(私はめちゃめちゃヒゲが濃く、高校時代、数日髭剃りをさぼっただけで、校長先生から直接指導を受ける程でした。友人から、「髭剃りの翁(ひげそりのおきな)」というあだ名を付けられたこともあります。)

ある程度お酒も入り盛り上がってきたタイミングで、私は勇気を出して女の子に連絡先を聞きました。中学生時代、比較的仲が良かったものの、私が携帯電話を持っていなかった為連絡先を交換できていなかった女の子です。女の子に連絡先を聞くこと自体が初めて(20歳で)だったので、普通に緊張しました(笑)



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きょーまる

そうだ、〇〇ちゃん、連絡先教えてよ!

  

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女の子

えー、ヤダ(笑)
3万円くれるならいいよ(笑)



最初はこれが冗談だと思い、数回問答するものの、同じ返答で、結局連絡先を交換することはできませんでした。
比較的仲が良いと思っていたのが自分だけだったのもショックでしたが・・・。
中学時代以降夢見た、女の子とのメール。
連絡先を交換してメールを通じて仲を深めるどころか、私は連絡先を交換することさえできなかったのです。
叶うのであれば、同窓会前にウキウキしていた私を、止めてあげたいです。
世間では、やらはた(やらずにはたち)という言葉が聞こえる中、私はその遥か後方。「女の子の連絡先童貞」20歳にして卒業ならずでした。

自分は本当に不良品なのだと、自己嫌悪に陥り、落ち込みました。同時に、このときくらいからでしょうか。もはや、女性に対して、暗い感情を抱くようにもなっていました。
モテたい。女性からの好意が欲しい。でも、こんなにダメなら、いっそ憎んで、嫌いになってしまった方が楽かもしれない。そんなことを思っていました。さらに、自分を不良品とほとんど確信していたので、もし万が一私のことを好きになってくれる女性が現れたとしても、不良品の私と付き合ったところで幸せになれるわけがないのだから、付き合わないようにしよう、とさえ思っていました。



女の子にモテたい。愛情が欲しい。おっぱいが揉みたい。

女の子が憎い。誰も見てくれない。嫌いだ。おっぱいが揉みたい。




二つの相反する感情がいつも心の中で渦巻き、ぶつかりあい、そしてドロドロになっていました。


その後、就活のタイミングが訪れました。私はかなり全力でした。
心の中で、どす黒い感情と共に、



大企業に入って、お金を得れば、
モテるかもしれない!!!(白目)


と、錯乱していました。
私きょーまるの心は、まだ折れていなかったのです!!

相反する感情の均衡は崩れ、不思議といつも「モテたい」が勝つのでした。何度挫けても。

こうして書いていると、いや、そろそろ折れてもいいのよ?と自分でツッコミたくなります。当時の自分を、誰か優しく撫でてやって下さい。できればかわいい女性でお願いします。

そして私は凄まじいモテたさを原動力に、見事大企業に就職します。モテたいというエネルギーの大きさには、自分でもいつも驚かされます。関東の大学生だったのに、関西の大企業です。もはや、モテれば何でも良かったのかもしれません。大企業ならどこでも良かったのかもしれません。
ネットの情報を元に、世の中は金なのだという思考に支配されていました。そのときの自分に都合の良い情報を漁っていたのです。
完全にモンスターですよね。悲しきモンスター。

ちなみに余談ですが、この時点で本命バレンタインチョコはもちろん、義理チョコさえ貰ったことがありません。女友達さえいなかったのです。それどころか、大勢に義理チョコを配る女子、たまにいますよね。それさえも私は貰えませんでした。かっこわらい。
実は、他にも省略している話がたくさんあるんです。書ききれないのでだいぶはしょっています。ヤリチン後輩孕ませ事件とか、お弁当箱吹き飛ばし事件とか、高二病発症とか、語学留学先での大量夢精事件とか、私の自信喪失や劣等感を刻むことに一役買っているしょうもない話が、たくさんあります。

さて、社会人になり、大企業に入ったきょーまるですが、現実は全く甘くないことを知ります。
この後の数々の失敗や女性からの罵倒は、きょーまるを顔面改造へと駆り立てます。


世はまさに、大改造時代!!


やかましいわ!
という声が聞こえてきそうなところで、長くなってきたのと、読者の方々の心がもたない心配もあるため、ここで一旦切ります。
書き始めたときは思いもしませんでしたが、まさかのプロフィール前編・後編という構成になるとは。
ちなみに体感ですが、ここで半分くらいだと思います。記憶が新しいこともあり、社会人になってからの方が、まだまだ私は悩みます。お楽しみに。
※流血する話や手術の話もあるので、閲覧注意かもしれません。

こんな私でも成果を出せるようになってきているのだから、今は悩んでいるあなたも、きっと大丈夫です。私のエピソードが、誰かの自信や安心に繋がるのであれば、そんなに嬉しいことはありません。
もし、異性関連で私よりもヤバい経験をしている、見た、聞いた、といった方がおりましたら、私にご一報頂けたら嬉しいです。私も安心したい(白目)

3部構成にならないことを祈りつつ、一旦、お疲れ様でした!

ここまで読んで下さり、ありがとうございました!!

プロフィール記事その2!!

 https://harem-kingdom.com/profile-2

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